もしも標題のような質問をされたら、私だったら「灰色」と答えるだろう。
パステルカラーに彩られた家々があるわけでもなく、石灰岩の眩しいほどの白い家並みが続くわけでもない。旧市街のバロック風の建物は、どれも灰色だったり薄茶色だったり、あるいはすすけて黒っぽかったり。色彩として美しいかというと、さほどでもない。一見さんの旅行者だと「灰色の街」という感覚を持ってしまうだろう。それも無理はない。建物だけじゃなく、全体が灰色なのだ。地下鉄も灰色。新しい路面電車だってグレーが基調。むろん、路面のアスファルトもねずみ色。街の入り口になる国鉄の駅だって、ブダペストのような華やかな建物があるわけではなく、戦後に急ごしらえで作られたコンクリートの箱だ。郊外の国連ビルが並ぶ地区も灰色。
こんな具合だから、冬の長く寒く暗い夜が続く時には、鬱になってしまうような街だ。
だが、この灰色こそ、ウィーンを特徴づける数々の仕掛けの鍵だろう。
夏なら、リンクに植えられた並木の緑色や、あちこちの芝生の緑色、王宮やカールス教会のドームの緑色が引き立つ。あるいは、旧型の赤い路面電車や、新型の路面電車にさりげなく入れられた真っ赤な帯が引き立つ。マリア・テレジア・イエローと呼ばれるシェーンブルン宮殿の黄色も、灰色の背景のもとではぐっと引き立つ。郊外の葡萄畑の緑やウィーンの森の濃緑色も引き立ってくる。
冬なら、イルミネーションに飾られた数々のクリスマスマーケットや、屋内で行われる舞踏会や音楽会の華やかさは一層引き立つ。屋内に閉じこめられたカフェの中の華やかな装飾だって、周りが灰色だからこそ引き立つ。あるいは、真っ赤なドレスを着た老婦人が華やかに見えてしまうのも、背景の街の色が地味だからだろう。美術館に飾られた絵画の数々だって、冬の方がより一層引き立つ。
きっと、街それ自体が華やかだったら、ヨハン・シュトラウスのワルツも生まれなかっただろうし、クリムトの絵画だって生まれなかったかもしれない。だが、街が灰色だからこそ、そんな華やかなウィーン文化が育ってきたのだろう。そう考えると、灰色であることも悪くない。その中に引き立つものを見出すのは、見る人次第。作り出すのも、作る人次第、ということなのだろう。
そんな具合だから、一見さんの旅行者が、何も知らずにウィーンに来ても、ただのつまらない街に見えるだろう。パリだったら、ぶらぶら歩いているだけでも、路上に間口をあけたカフェからパリ文化をかいま見ることができるが、ウィーンではそう簡単にはいかないのだ。
ウィーンにこれから遊びに来る予定(あるいは願望)のある人なら、ウィーンや、現在のそれを形作ったハプスブルク帝国(オーストリア=ハンガリー二重帝国)に関する本を2?3冊は読んでくるといいだろう。日本語でも秀逸な本はたくさん出ている。
以前にも紹介したことがあるが、私の好みだが、代表的なものを並べてみた。どれも、専門的ではない入門書的な本だ。ちょっと大きな図書館なら置いてあるだろう。アマゾンで「ウィーン」とか「ハプスブルク」で検索すれば、読み切れないほどの数の本が出てくる。
- 『ウィーン物語』:ウィーンの街や文化について、気軽にさらっと読める文庫本。
- 『世紀末ウィーンを歩く』: 19世紀末?20世紀初頭の文化にテーマをあてた本。写真も豊富。
- 『ウィーンのカフェハウス』:ウィーンのカフェ文化を一通り知るには最適。
- 『ウィーン―都市の近代』:近代のウィーンの政治史に焦点を当てた新書。
- 『ハプスブルク帝国を旅する』:ハプスブルク帝国の版図の文化をざっと知るにはちょうど良い。
- 『ハプスブルクの旗のもとに』:NTTライブラリーから出ていたと思うのだが、絶版らしい(池内紀著)。帝国ないの小さな街に焦点を当てた旅行記。帝国の広がりがよく分かる。
なお、ハプスブルク帝国と呼ばれた、オーストリア=ハンガリー二重帝国は、共和国である現在のオーストリアの他に、現在のイタリア、スロベニア、クロアチア、ボスニア=ヘルツェゴヴィナ、ルーマニア、ハンガリー、スロバキア、ウクライナ、ポーランド、チェコの全体あるいは一部を領土とするヨーロッパ列強の一つであった。これらの地域を旅行すると、ハプスブルク時代の遺産に数多く出くわす。
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