ビザ(査証)と滞在許可(在留資格)の違い

最近、「ビザ」について聞かれたり話しを聞いたりする機会多い。しかし、案外理解されていないんじゃないだろうか、と思うことがある。まずは多くの人が頼るであろう、「地球の歩き方」のウェブサイトから、オーストリアの情報を引用してみよう(引用元)。

【ビザ】観光目的の旅であれば、通常6カ月以内の滞在についてはビザは不要。

さて、この文章、「正しい」だろうか?

私なら「短期滞在の観光客の実用上はこの文章で間に合うが、厳密には正しくない」と言う。なぜかって?「シェンゲン協定に加盟しているオーストリアに入国あるいは滞在するためには、日本国籍保持者はビザ(査証)を一切必要としないから」である。こんなことを書くと「え、じゃあ、私は留学しているときに”ビザ”を申請したよ」という人がいるはずだ。はて、いったいどういうことだろうか?

ビザ(日本語では「査証」)と滞在許可(または「在留資格」)との違いを考えたことがあるだろうか?

「査証(ビザ)」というのは、通常は本国を出発する前に、目的地となる国の政府が設置している在外公館(大使館領事部、領事館)などで取得するものである。ビザはいわば「この人物は怪しい人物ではありませんよ」と、在外公館が「紹介状」ないし「推薦状」を書いていると考えればよい。従って、仮に査証を所持していたとしても、出入国審査担当官の権限で、「入国(越境)を許可しない」ことも可能だ。あまりに所持金が少なくクレジットカードの類も持っ ておらず、入国させたら不法に就労される可能性が高い、などと判断された場合に、査証を所持していても越境が許可されないことがあり得るわけだ。なお、担当するのは通常は外務省に相当する官庁だ。

「滞在許可」というのは、越境時などに「あなたは○○日間わが国に滞在してよろしい」という形で許可されるものである。たいてい「○○の目的で」など条件が付く。なお、所管するのは内務省や法務省に相当する官庁や、国によっては州政府などだ。

従って、「査証」と「滞在許可」は別物であり、そもそも目的が違うし、発行する主体も異なる。また「査証」(いわば「推薦状」)を本国で取得して、越境を許可された上で「滞在許可」(滞在してよい許可)を取得するのが本来の手順だ。

たとえば私の友人のウィーン留学中の中国籍の友人の場合、中国を出発する前に北京のオーストリア共和国大使館領事部で「査証」を取得し、ウィーンに到着後に「滞在許可」をオーストリア共和国ウィーン州の担当部署から取得している。これが本来の手続きの姿だ。

なお、往々にして「ビザ(査証)」と「滞在許可」は混同されているようだ。上記の「地球の歩き方」ウェブサイトはまだマシだが、大阪・神戸のドイツ総領事館のウェブサイトなどでも、滞在許可証(ビザ)などと書かれていて、混同しているようだ(そのウェブサイト)。フランス大使館でも同様(サイト)。市中での会話で混同が多々あることは言うまでもないだろう。


ところで、日本国籍の場合は特に多いが、国家間で査証を相互に免除する協定を結んでいたり、観光客やビジネス・投資の誘致などを狙って相手国が一方的に査証を免除する規定を設けていることがある。これが適用される場合は、たいていは、90日間や180日間などの滞在許可が、査証なしで越境時に取得できる。(ただしこの場合も、就労してはいけない、などの制限がつく場合がほとんどだ)。

たとえば、私の住むオーストリアを含む欧州の「シェンゲン協定加盟国」25ヶ国の場合、欧州理事会規則No 539/2001で、査証の取得に関連して事細かに定められていて、第1条(1)および付則1と、第1条(2)および付則2でシェンゲン協定加盟国入国時に、査証の取得が必要な国籍と査証の取得が必要ない国籍が示されている。日本国籍は査証の取得が必要ない国(付則2)にリストされているため、第1条(2)が適用され、日本人はシェンゲン協定加盟国への越境にさいして、3ヶ月以内の滞在を目的とする場合に限っては、ビザの取得義務を免除されている。

なお、この規則では「査証」とは「合計3ヶ月を超えない加盟国(1つまたは2つ以上)での滞在の ための入境、または空港でを除く乗継ぎでの加盟国通過のために必要な、加盟国またはそれに準じる地域が発行する認可」となっている(第2条)。この通り、「査証」と は「入境」のための許可であるという立場だ。滞在を許可するものではないことを繰り返しておく。

さて、越境したあと「滞在」する場合はどうすればいいのだろう?それには前述の通り「滞在許可(在留資格)」が必要となる。むろん、日本国籍でも、だ。3ヶ月以内の滞在であれば、越境時に付与されるので問題ない。だが、それを超える場合には話しが異なってくるわけだが、この長期の滞在許可の申請は、シェンゲン加盟各国によって異なるのだ。国によっては、3ヶ月以上滞在する場合の査証を、事前に在外公館で取得した上で、越境後に滞在許可証を申請するケース(フランスなど)と、査証なしで渡航して、越境後に滞在許可を申請するケース(ドイツやオーストリアなど)がある。

前者のケースは、3ヶ月を超える滞在の場合は、特定の査証を本国出国前に取得することを要求している。後者のケースは、3ヶ月を超える滞在の場合であっても、査証は免除され、越境時に付与される3ヶ月の滞在許可の延長を申請するという形になる。(なお、オーストリア共和国が主たる滞在先となる場合は、日本との間の査証免除取極(1958年締結)により、この「越境時に付与される滞在許可」は「1月1日?12月31日までの間で通算180日間」となる。)


余談: 時々、日本の大使館領事部にオーストリアのビザについて問い合わせる人がいるようだ。答えは当然「オーストリア政府に聞いてくれ」だろう。日本語も通じるので問い合わせたい気持ちも分からないではないが、聞く相手を間違っている。喩えるなら、ローソンの店舗にセブンイレブン入社に関する問い合わせをするようなものだ。「お役所仕事でたらい回し」と非難する人もいるが、ではローソンの店舗にセブンイレブン入社に関する問い合わせをして「セブンイレブン本社に行ってくれ」と聞かれて「たらい回し」と文句を言うひとは居るまい。(なお、ホームページで情報提供は行っている。)

また、東京のオーストリア大使館領事部に、「滞在許可」について問い合わせる人は多いはずだ。ホームページで情報提供は行っているが、ここは「査証」は発行しても「滞在許可」をする役所ではないので、細かい点はオーストリアで確認、と言われるはずだ。セブンイレブン入社に関する問い合わせを、セブンイレブンの店舗でしたとしても、「詳細は本社に確認してくれ」と言われるであろうのと、同じことだろう。


以上のようなことを知らないと、滞在許可申請やらその他関連する事柄で、痛い目に遭うことになるかもしれない。私は留学生などから比較的よく相談を受ける方だと思うのだが、申請する側も、申請を扱う役所の担当者も、「査証」と「滞在許可」を混同しているのがオチだ。


自分が知らないだけで手続き上痛い目に遭うならまだ話しは小さい。しかし、厄介なのは、「航空会社のチェックインカウンターの職員が知らない場合」や「出入国管理官が知らない場合」だ。最もチェックインカウンターの職員は派遣社員だったりもするので、知っておけという方に無理があるわけで、やはり自分で知っておくしかない。後者は「そんなことあるのかよ」と思うかもしれないが、私自身も体験がある。

例として、関西空港からフランスのパリを経由してオーストリアのウィーンに入国して留学する場合を考えてみよう。この場合、シェンゲン協定加盟国への越境はパリとなる。実際に聞いた話だと、関西空港のカウンターでチェックイン時に「フランスでは3ヶ月までのビザなし滞在しか認められておらず、復路の航空券も3ヶ月以内になっていないと入国が許可されないので、復路の航空券の予約を変えるべし」と指示されて直前に変えさせられる、ということがあるそうだ。さて、この説明は正しいかというと、正しくない。なぜなら、パリで乗り継ぐだけであれば、最終の目的地はウィーンであるので、越境に際しては主たる滞在先であるオーストリアの規則に則ることになるからだ。だが、現実問題として、フランスの入国審査官がオーストリアの日本人に対するルールを熟知しているとは思えないし、出入国管理ブースで説明できない日本人も多いだろうから、航空会社は上記のカウンター氏のようにフランス滞在者用の対応をすることになるのだろう。(同じ理由だからだと思うが、在東京オーストリア大使館ではこのようなケースでの移動に「直行便利用」を勧めている。)


ということで、長々書いてしまったが、以上が査証と滞在許可の違いであって、どういうルールが適用されるか、だ。日本のパスポートを持っていると、査証免除の取極が多いためにあまりこういうことを考える機会がないもので、中国人の方が詳しかったりするのだが、知っておくとよいだろうと思うので、今後の留学生のためなどにも、ここに記しておく。

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